貧乏でも孤独でも、髪は伸びる。そして、ボサボサになってしまった髪のせいで、さらに人と接する機会が失われてしまうことは、ホームレスの人々によくある話だ。そんな散髪代を工面できない人たちのために、無料で散髪サービスを提供する美容師たちの慈善活動「バーバー・エンゼルス」がヨーロッパで広がっている。2016年にドイツで活動が始まって以来、欧州各国でも同様の団体が発足し*1、のべ400人のボランティア美容師が約4万人の髪をカットした。4年前から同団体とコラボしているストリートペーパー『bodo』(ドイツ・ドルトムント)が、ドイツ西部の街ボーフムでのエンゼルスの活動を取材した。

*1 オーストリア、スペイン、オランダ、スイス、ノルウェーにも支部がある。

黒革ベストの美容師集団

雨模様の月曜日、バーバー・エンゼルスの活動は正午少し前に始まった。11人のエンゼルスが、シュテューマイヤー通りにあるクォーターホール(Quartiershalle )内に臨時のヘアサロンを設営。電工ドラム2台を使って、ドライヤーやヘアアイロンの電源を確保し、あっという間に8席の準備が整った。プロたちがヘアカットするのに十分な空間だ。

ワッペン付きの黒革ベストに身を包んだエンゼルスたちは、一見強面のバイカー集団のようだが、見た目に惑わされてはならない。エンゼルス歴4年のペトラは言う。「こんな格好をして自分たちで楽しんでいます。おかげで場の雰囲気も明るくなり、お客さんともすぐに打ち解けられて会話がはずむんです」


電気も鏡もない環境では男性の散髪すらも難しい

『bodo』誌の販売マネージャー、オリバー・フィリップが雨模様の空を見上げながら、「あいにくの天気です。お客が来てくれるといいのですが」と心配する。今回のイベントを企画し、ボーフム市内のホームレス支援団体をまわって宣伝したフィリップは、イベント成功を切に願っているのだ。しかし幸い、それは取り越し苦労だったようだ。イベント開始の5分前には、すでに客が集まり始めていた。

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Photos by Sebastian Sellhorst

いち早くやって来たアルバートは、今回で5度目の利用だという。「以前は街なかの床屋で切ってもらってました。バリカンでの散髪が7ユーロ(約960円)だったのが、今や10ユーロ(約1400円)に値上がりしています。なので、散髪したくても行けないことがあるのです」と言うと、ぼさぼさの髪に指を通そうとして笑う。「“男の散髪は安いだろ、バリカンで刈れよ”と思われるかもしれないけど、電気も鏡もない環境ではそれも難しいんだ」。そんな話をしていると、エンゼルスの一人が近寄ってきて、彼の散髪に取り掛かった。

散髪だけではない丁寧なサービスがモットー

臨時ヘアサロンはすぐに満席になった。順番待ちの客には、すぐそばのカフェでカプチーノと自家製ケーキが振る舞われる。「誰もが対等な立場で、すてきな時間を過ごせることを大切にしています」とペトラは言う。

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Photos by Sebastian Sellhorst

バーバー・エンゼルスでは、一人ひとりに時間を掛けることにも配慮している。髭や眉を整え、凝ったヘアスタイルに仕上げるのは、客とのおしゃべりと同じくらい大切なサービスだ。「ここに来るお客さんたちは、こんな髪型にしたいとはっきり注文する人はあまりいません。どこかお店に入って自分の希望を明確に伝える、ということに不慣れなのです」とペトラ。

客と美容師の間にゆるやかな友情が芽生えることも。客の一人で『bodo』の販売者サッシャは、「私はいつもアンドレアを指名しています。私の好みもよく分かってくれているので、多少待つのも平気です」とにっこり笑う。

イベント開始から4時間が過ぎ、この日に訪れた人たち全員の散髪が終わった。客は必要に応じて、髭クリームやヘアケア製品をおみやげに持って帰れる。外では、客が互いのヘアスタイルを見比べている。最後にペトラが言った。「もちろん、散髪しただけで生活が大きく変わることはありません。でも、プロに髪を切ってもらえると気分がいいものです。お客さんの様子を見ていると、それがよく伝わってきます」

Barber Angels
https://b-a-b.club

【オンライン編集部補足】
美容師たちはプロボノとしてカットの技術を提供、かかる運営費用は企業や有志がサポーターとして負担しているようだ。
https://b-a-b.club/sponsoren/

By Sebastian Sellhorst
Translated from German by Frances Gormley, Sophie Bettag and Saranda Rakaj
Courtesy of bodo / International Network of Street Papers


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