ドイツ北部、ドダワーの森に立つ樹齢500年のオーク。この木は 19 世紀から現在に至るまで、恋人を探し求める人々の手紙を受け取り、何組もの出会いをとりもっている。60年前、このオークの木で出会ったペーターとマリタが二人の物語をふり返った。
Photo by Peter Werner: A tree cavity as letter box; mail addressed to the Groom Oak.
人生では時おり、小説にもありえないような幸運な偶然が重なる。ペーターとマリタ・パンプの結婚は、まさにそんな偶然が連なって実現した。「きっと神様が手を貸してくれたんでしょうね」と76歳のマリタは言う。
二人をめぐり合わせたのは、ドイツ北部のシューレスヴィヒ=ホルシュタイン州のオイティンから近いドダワーの森にある、樹齢およそ500年のオークだ。幹の太さ5メートル、地面からてっぺんまでの高さは25メートルに及ぶ。美しいこの木は「花婿のオーク」と呼ばれている。幹に枝が落ちてできた穴があり、100年以上もの間、恋人を探し求める人々のラブレター用郵便受けとして手紙の終着地になっている。
Photo by Peter Werner: ラブレター用郵便受けに入れられた手紙
始まりは1891年に森林監査官の娘とライプツィヒ出身のチョコレートメーカーの男性がこの木の下で結婚式を挙げたことだった。結婚する前、娘の父親は二人の交際に反対しており、二人はお互いへの秘密のラブレターをこの木の小さな穴に隠していたのだ。
木には専用の住所があり、毎年世界中からおよそ1000通の手紙が届く。興味があれば誰もがオークの木を訪ねて、手紙を手にすることができる。1994年まで郵便配達人として手紙を届けたカール・ハインツ・マルテンスは、「この配達が一番楽しかった仕事」だと言う。72歳になるマルテンスは、日本、デンマーク、ノルウェー、当時のドイツ民主共和国(東ドイツ)と西ドイツからのテレビ取材でインタビューを受けたという。相手にめぐり合えたカップルも何組か知っている。
Photo by Peter Werner:郵便配達人のカール・ハインツ・マルテンスさん
その一組が、ペーターとマリタだ。58年、若い下士官としてプレーンに滞在していたペーターは車の運転免許の実習中に教官から専用の住所を持つ木のことを聞いた。興味を持って訪れたペーターは木の穴の中にマリタの住所が書かれた紙を見つけ、翌日「敬愛なるマリタ」へ手紙を書いた。76歳のペーターは肩をすくめ「興味本位だったんだよ。おもしろいなと思って」と笑う。
マリタはペーターの手紙を受け取ったとき、とても驚いたそうだ。住所が書かれたその紙は、同僚が彼女に知らせることなく木の穴に入れたものだった。「私はかなり内気な性格でした。みんなは私がボーイフレンドを作るのに協力したかったんです」。その同僚ですら、自分たちの行動がここまで成功するとは予想していなかっただろう!
マリタは最初、返事を出したくなかったが、母親がおもしろいと思ったそうだ。「私が返事を書いたのは母のせいなんです」とマリタは言う。二人は丸一年、手紙を取り交わして、ペーターはマリタに会いに行く勇気をたくわえた。60年に婚約し、61年に結婚したパンプ夫妻には、現在二人の子どもと七人の孫がいる。「裕福ではなかったけれど、慎ましく幸せな生活でした」とマリタ。
Photo by Georg Meggers: ペーターさんとマリタ・パンプさん
二人の関係をとり結んだ場所をマリタが初めて訪ねたのは、結婚して数年後のことだった。その時、彼女はガッカリした。冬でオークの木は葉がすっかり落ちていた。「もっと大きな木だと思っていたのに!」と叫んだという。それでもこの多くの木はやっぱり二人にとって特別だ。ペーターはほほ笑んだ。「何年かおきに木がまだあるかどうかを見に行くんですよ」
テクノロジーが利用できる現代でも、パートナーを探す若者たちにオークの木を使うことを夫妻は勧めている。そのメリットは明確だ。ペーターいわく「ワクワク、ドキドキする気持ちとロマンスだよ」
二人のそぶりやお互いを見交わす様子に、夫婦が幸運な偶然で結ばれたことに感謝しているのがわかる。自分たちのことを語るときも、温かい愛情を込めてお互いを見交わし、相手に耳を傾けている。そんな二人の物語が何年も前にオークの木の穴に残された紙一枚から始まったなんて、なんと素晴らしいことだろう。
(Georg Meggers/Courtesy of Hempels/INSP.ngo)
「花婿のオーク(ドイツ語名:Bräutigsmseiche」に手紙を送りたい場合はこちらの住所へ。
Bräutigamseiche, Dodauer Forst, 23701 Eutin, Germany
以上、『ビッグイシュー日本版』327号より転載。
ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。