「ベーシック相続」で格差社会の是正を目指すー2家族が国民半分の合計資産より多くを占有するドイツの現状

日本だけでなく世界中で広がる格差問題。その理由と対策について、政治学者マルティナ・リナルタスにドイツ・ハンブルクのストリートペーパー『ヒンツ&クンスト』誌が話を聞いた。

ドイツ コッヘム

『ヒンツ&クンスト』誌:あなたは「ドイツは実力主義社会ではなく相続社会だ」と断言されています。どういう意味合いでしょうか?

マルティナ・リナルタス:これは個人的見解ではなく、事実です。今やドイツ国内の富の半分以上は相続や贈与によるものです。つまり、その人が裕福になるか貧困に陥るかは、人生でどれだけ稼ぐかよりも、親や祖父母からどれだけ相続するかで決まってくるのです。

社会の公平性を高める策として富裕層への相続税引き上げが提唱されつつも、これまで実現してこなかったのはなぜなのでしょう?

既得権益を守ろうと、潤沢な資金を使った強力なロビー活動が行われているからです。数十億ユーロを失うまいと、例えば、ファミリービジネス財団では数百万ユーロのお金をキャンペーンや広報戦略、政治家との面会に投じています。90年代半ば以降、相続税に関する法律改正が三度実施されましたが、残念ながら一部の内容はほぼ財団の望み通りとなっています。多くの適用除外がある現行の税制は穴だらけと言わざるを得ません。

富裕税の復活は代替策になるでしょうか?
(補足:1997年に当時の保守・自由連立政権によって中断された経緯がある)

相続税の代わりに富裕税を課すのではなく、相続税も富裕税も両方とも必要です。私たちは「強い者がより多くを担うべき」という原則に則って、税制度全体を見直す必要があります。貧困にあえぐ人がどんどん増える一方で、お金持ちはますます裕福になっているという状況があるのですから、富裕税はとても重要です。富裕層(資産1億円以上)や超富裕層(資産1000億円以上)の資産は年々膨れ上がっています。しかも彼らの所得の多くは、労働ではなく資産から生じる利益です。

富裕層はすでに多くの所得税を払っているのでは?

確かに、99%の人は払っていますが、最上位1%になると話は別です。この30年間、「労働によるものでない所得」を極端に優遇する税制が取られてきました。中流家庭は所得の43%を税や社会保険料として支払っているのに、富裕層は平均29%、超富裕層になると26%しか負担していません。

政治の場では、相続税の強化や富裕税の復活が富裕層よりも中間層に大きな負担になるという議論も見られます。経済的エリートたちがよく用いる語り口です。「相続税が上がったら、祖母の小さな家も失って、自分の仕事も危なくなるかも」と人々は不安を抱きがちですが、そんなことはありえません。

かつて何十年もの間、富裕税と高い相続税がある状態でドイツ経済はしっかりと回っていました。税率が数ポイント上がったからといって、資産家が国を出ていったり企業を国外に移したりすることがないことは、多くの研究によって明らかになっています。

あなたが考える「より公平な課税モデル」とは?

ワイマール共和国時代(1919〜1933年)のドイツにあります。1919年時点の相続税は最大で90%という水準でした。「国家非常税」と呼ばれる富裕税もあり、所得税も今よりずっと高かった。第二次世界大戦後も同じような税制が敷かれていました。危機的状況では社会として連帯しなければと人々が気づき、単なる現状維持に走らず大きな課題に立ち向かう勇気が生まれます。1970年代もそんな時代で、「富裕層には善意の寄付をお願いするよりも、もっと税負担を求めるべき」という声が上がりました。

多くの資産家が慈善財団を設立しています。これは肯定的に捉えてますか?

寄付は富裕税などから得られる財源には到底及びません。それに、寄付ではお金の使い道を選ぶのはお金持ちの人たちです。でも、彼らがすべての社会課題を見渡せるとは思えません。

私たちに必要なのは、自分たちが選挙で選んだ政治家が流行に左右されず税金の使い道を決め、投資をする民主主義です。過疎地にバスを走らせるための寄付をする金持ち起業家はなかなかいません。そうしたことを実行できるのは、社会の弱い立場の人々にも目を向ける政府だけです。

すべての若者が国から一定額の資金を受け取る「ベーシック相続」の導入を提唱されていますね。その理由を教えてください。

100年以上に及ぶ民主主義の歴史の中で、所得の下位50%の人たちはほぼ資産を築くことができていません。では、どうすればよいのか? もっと別の角度から考えれば、上位30%の人たちだけが相続や贈与を受け取るのではなく、すべての人が受け取れるようにする「ベーシック相続」であれば、若者が人生の大事なタイミングで一定の資金を受け取ることができます。金額については約2万ユーロ(約350万円)〜19万ユーロ(約3,300万円)とさまざまな提案がなされていますが、個人的には19万ユーロが良いと考えています。

財源の確保や進め方についてはどうお考えですか?

税制をより公正なものとすれば、年間2,000億ユーロ(約35兆円)超の追加税収が見込めるので、すべての人に19万ユーロのベーシック相続を支給したとしても、なお余剰が出ます。ただし、ベーシック相続とて万能薬ではありませんから、貧困対策としての基礎児童手当、より高い賃金、より良いインフラは引き続き必要です。

私はベーシック相続を富に対する新しい考え方ととらえています。つまり、富は常に社会の中でみんなの力によって築かれるものだという考え方です。企業経営を成功させるには、真面目な従業員一人一人の力が必要ですが、実際に資産を所有するのはごく一部の人に限られます。

時間をかけて、子どもや若者たちにもベーシック相続で手にしたお金の使用用途について学んでもらう必要があります。私自身の経験からも、貧困の中で育った子どもたちは、節約の術は知っていても持続的に投資する方法までは知りません。ですから、もしまとまったお金をもらえたらどう使うのか、海外留学なのか起業なのか家を建てるのか、じっくり話し合う機会を持つ必要があります。

そのお金で「スポーツカーを買う」という若者がいたら?

そんな人もいるでしょうが、全員ではありません。若者に投票権、被選挙権、戦争に行く権利を与えるのなら、自分のお金の使い道を決める権利も認められるべきです。ドイツ人が分不相応な暮らしをし、消費と気候変動を結びつけて考える機会がほぼない状況を考えればーー最も多く炭素を排出しているのは、たいてい裕福な人たちということーー学校でお金との持続可能な向き合い方を考えることは良いきっかけになるでしょう。

現状、あなたのアイデアが政治的に実現する見通しは立っていません。誰が変化をもたらすべきだと思いますか?

民主主義の下では、こうした施策は政治家によって実行される必要があります。選択肢は2つ、従来どおりの道を進んで格差がさらに広がっていくのをただ傍観するのか、変化を起こすのか。スペインやノルウェーなど、慎重ながらも富裕税の導入や増税で先行している国も出てきています。

米国では超富裕層がますます富を蓄え、一方的な考えを押し進め、民主主義の根幹を揺るがしています。ドイツでもそうなる心配はありませんか?

(二大政党制の)米国と違い、ドイツには大小さまざまな政党があり、協力しながら政治を動かす仕組みがあります。市民社会とネットワーク、民主主義、相続税、格差問題の関係性をきちんと説明できる知性が育っています。

それでも結局は、莫大な富を背景に政治や世論形成に強い影響力を持つ超富裕層が主導権を握るのでは?

確かに、彼らは非常に強力なカードを手にしていますが、彼らだけがテーブルにつく時代ではありません。今や「これが民主主義のあるべき姿ではない」と、多くの人が自分たちの席を要求しています。互いに対話を重ねていかなければなりません。

より公平な社会に向けた大切な第一歩とは?

まずは、現状を知ること。格差がどれほど深刻な状況にあるかを知らなければ、誰も立ち上がろうとはしません。ドイツが世界で最も不平等な民主国家の一つだと気づいていなければ、新しい施策を望む声が上がることもないでしょう。

ドイツの超富裕層の数は世界で4番目、富裕層の数は3番目に多いのです。何かが根本的に間違っていると伝えていく必要があります。「たった2つの家族がドイツ人口の下位半分(4,000万人以上)よりも多くの資産を持っている」*と知れば、「問題の根源は移民でも生活保護受給者でもなく、富裕層に有利に働く政策にある」と考えるようになるでしょう。

*(関連記事)https://www.iamexpat.de/expat-info/germany-news/richest-10-percent-germany-own-half-wealth

マルティナ・リナルタスのTEDトーク

マルティナ・リナルタスのInstagram
https://www.instagram.com/martyna_linartas/

By Ulrich Jonas

Translated from German by Lisa Luginbuhl
Courtesy of INSP.ngo

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