有限会社ビッグイシューでは、ホームレス問題や貧困問題、ビッグイシューの活動への理解を深めるため、企業や団体・学校などから依頼を受け、講義をさせていただくことがあります。
今回の行き先は、みのお市民活動センターの市民社会講座。自己責任で済ませない社会のあり方を一緒に考える機会として、有限会社ビッグイシュー日本の大阪事務所長・吉田耕一と『ビッグイシュー日本版』の販売者・Sさんをゲストスピーカーとしてお招きいただきました。
「ホームレスの人」のイメージ
はじめに吉田から、2人の人物の写真を見せて「どちらがホームレスの人だと思いますか?」と質問。写真の一人は『ビッグイシュー日本版』の販売者のような服装、一人はセレブなモデルのような人がスーツを着ています。ぱっと見には左の人がホームレス?と考えてしまいそうですが、じつは販売者の帽子とベストを身につけた大阪大学の教授で、後者が家を持たずにモデル活動をしていた方なのです。右側写真Ⓒ「ホームレス ニューヨークと寝た男」
じつはパッと見てホームレスだとわかるような人は少数派で、またホームレスになる理由も会社の倒産、派遣切り、社内の人間関係、病気、災害、介護離職、ギャンブルなど、本当に様々なのです。吉田は、「ホームレス」という言葉は、たんに家がない状態を表す言葉に過ぎず、その人自身を表す言葉ではないこと、また社会の仕組みがホームレス状態を生んでいるのだと強調しました。
「働きたくても働けない」人を応援
そして、一度ホームレスになってしまうと、住所がない、連絡先がない、保証人もいないという状態では働きたくても雇用されることが難しくなります。そこで2003年に「有限会社ビッグイシュー日本」を設立、ホームレスの人々が雑誌を販売することで自立を目指す活動を始めました。雑誌を発行し、路上の販売者に販売してもらう形にすることで、住所や連絡先、保証人がいない人でも、最速その日から路上に立って仕事ができます。そうして少しでもお金を稼ぎたい人や、コツコツお金を貯めて路上を脱出したい方を応援しています。
今回の講座では参加者が興味のある号を選んで6分間読み、グループで内容をシェアする「6分間リーディング」も実施しました。
妻がいる正社員の暮らしから、投資にハマってホームレスに…
ホームレス問題の解説やビッグイシューの事業説明の後は、販売者の体験談コーナー。大阪・蛍池駅阪急&モノレール連絡口で販売するSさんは、大阪南部出身の57歳。両親と弟の4人暮らしは「何の問題もない、ほんわか家庭だった」と言います。
テレビは一家に一台の時代で娯楽も少なく、「頭を使う遊び」が好きだったことから、中学ではよく友達と麻雀をしていたそう。とはいえ、不良少年というわけではなく、勉強も真面目にしていたので成績は良く、高校も地元の進学校へ。
その後、大学に受かる姿は親に見せてあげたいと、国立大を受験し見事に合格。しかし、いろいろな世界を体験したいという思いが強く、バブル絶頂期という時代の空気感もあり、「どうやっても生きていけるだろう」と大学には進学しませんでした。 4~5年ほどパチンコ店員、雀荘、テレホンクラブの受付など、興味の赴くまま・縁が繋ぐままにいろんな仕事を渡り歩いた後、そろそろきちんと就職をと、空調設備関係の仕事を約10年、その後結婚を機に転職して保険業界に約7年、まじめに働いていました。
しかし保険業界は振れ幅が大きな成果給。収入の波を補填しようと手を出してしまったのがリスクの高い投資でした。投資にハマっていくうちに、ギャンブル依存症のように、損失があった時にも「何とかなる」と考えるようになってしまい、身内のお金をアテにするようになってしまいました。
「今みたいに冷静な時はおかしいってわかるんですけど、のめり込んでるときは、自分が自分でなくなってしまっていた」というSさん。結局、家に帰ることができなくなり、ネットカフェなどで寝泊まりを続けるうちに手持ちのお金が無くなり、釜ヶ崎のシェルターへ相談に行くことに。そこで知ったのがビッグイシューの仕事でした。
Sさんは「一般的な仕事と違って、いつどれだけ働くかを自分で決められるのがいい。それに、クレームがない仕事ってビッグイシューが初めてなんです。」と笑います。
しばらくネットカフェなどからビッグイシューの販売場所まで通っていましたが「ネットカフェで暮らしていると月に6万円くらいかかるし、家がないと洗濯するにもいちいち割高。「全然お金が貯められない」と感じ、ビッグイシュー基金が運営する「ステップハウス」*に入居することに。数年ステップハウスに住み、退去期限を迎えましたが、幸運なことに別の大家さんの好意で、比較的安い家賃の部屋に移ることができました。
*ステップハウス:空き物件の大家さんと連携して、固定資産税分のみで提供された空き物件を活用し、ホームレス状態の方が初期費用や保証人を立てることなく一時的な居所として利用できる。
住まいの心配はなくなったものの、再就職は厳しい年齢です。しかし、もう一つ幸運がありました。ビッグイシューの販売をコツコツ続ける中で知り合ったお客さんに「うちでアルバイトしてみたら?」と誘われたのです。そうして先月から週2回、スーパーでの片付けの仕事を掛け持ちしているそう。「収入が少し安定して、安心しました」とほっとした表情でした。
最後に、参加者や読者へのメッセージとして「今思うと、100万円くらいの借金なら、誰かに相談すればどうにかなってたと思うんです。ちょっとまずいな、って思ったときは、周囲に相談する勇気を持ってください。そして、周りの人は助けてあげてください。」と語りました。
最後のSさんへの質疑応答タイムにはざっくばらんな質問が集まりました。
Q:いまは麻雀はやらないのですか?
(Sさん)今はやってないです。YouTubeで麻雀の動画は見てますけど。今のところは見るだけで我慢できてますよ。もうこの年齢になると、3人・4人とメンバーを集めるのも大変だし、動くのが大変だから(笑)Q:自分の家族や実家には相談できなかった?
(Sさん)実は、僕は実家のお金の管理をある程度任されていたので、その自分が「このお金で穴埋めを…」と歯止めが利かず使いこんでしまったので、そもそも誰にも相談できなかったですね。家族には「顔も見たくない」、弟には「殺したる」と言われるなど、ひどく揉めて、住民票から僕だけ抜くことになったんです。Q:楽しみはありますか?
(Sさん)食べることと動画を見ること以外には、月に2回の『ビッグイシュー日本版』の発送作業です。最新号の発売日の前日に、定期購読のお客さんへの発送作業に何人かの販売者で集まるんですが、そのときに仲間と1時間とか2時間するのも楽しみの一つです。あとは普段の来てくださるお客さんとお話するのも楽しみです。発送作業風景(写真は別の方です)
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(ビッグイシュー・オンライン補足) ギャンブル依存症者と、投資にハマってしまう人には、「リスクの快感と過小評価」「自分が自分を制御できなくなる」という共通点があります。これは、個人の意思の問題ではなく脳の障害だと言われています。
参考:日本、536万人の「ギャンブル障害」者。ギャンブル機器、世界の64%が日本に――帚木蓬生さんに聞く
ギャンブルの規制強化によってギャンブル依存症者が減らせるのと同様、投資のリスクを過小評価させるような広告や、短期間での利益を煽るような金融商品を国が規制することで、過度な投資熱を抑えられます。また適切な教育プログラムの提供を義務付けることで、個人投資家が冷静な判断を下せるよう支援したり、国や自治体がギャンブル依存症や投資過熱に関する教育や相談窓口を充実させたりすることで、問題が深刻化する前に介入することもできるでしょう。
Sさんは自分を「自己責任だ」だと考えていますが、もしそのような規制や環境があれば、投資が原因でホームレス状態になる人は、グッと減らせるかもしれません。
参考:ギャンブル依存症問題(ビッグイシュー基金)
主催者の松木さんからのメッセージ
主催者でもあるみのお市民活動センターの松木さんからは、「箕面(みのお)ではビッグイシューの販売者がいないので、みのお市民活動センターで委託販売という形で販売しています。ただ、ビッグイシューがどんな仕組みなのか、何をしているのかを知らない人もいますので、それを知ってほしくて企画しました。自己責任論ではないと考える人が、どんどん広がってほしい。」とメッセージをいただきました。お招き、ありがとうございました!
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ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会(ビッグイシュー・チャンネル)
格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
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より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。図書館年間購読制度
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。