合成麻薬カプタゴンの最大生産国シリアとデッド・ドロップとして台頭するロシア

シリアとウクライナ、それぞれの国で続く戦争は、どん底に叩き落された人たちーーそして、その状況を悪用しようとする政府ーーに、薬物が「解決策」となってしまっているのかをよく示している。ヨーク大学准教授のイアン・ハミルトンが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。

混乱に乗じて薬物で莫大な利益を得たアサド政権

シリアのバッシャール・アル=アサド政権は内戦が長期化する中で、中東および北米のカプタゴン市場を独占する戦略を積極的に打ち立てていた。カプタゴン(フェネチリン錠剤)は空腹や眠気を抑える興奮誘発剤で、注意欠陥障害やナルコレプシー(睡眠発作)などの治療目的で1960年代のドイツで初めて生産された。食料供給が安定しない国々の軍隊がこぞって使用し、イスラム系戦闘員に多く使用されたことから「ジハードの薬物」とも呼ばれてきた。

国家も指導者もますます孤立化し、経済も破綻、カプタゴンの取引を発展させる絶好の条件となっていた。西欧諸国から見放され、歴史的にも近隣諸国(サウジアラビア等)との緊迫した関係性が続く中、アサド政権ーーアサドの兄マーヘル・アル=アサドの指導下にあると言われているーーは自国をカプタゴンの世界主要生産者・流通者と自分たちを位置づけることで影響力を振るい、アラブ世界に復帰しようとした。通常は薬物生産が法と秩序の崩壊をもたらすところだが、法と秩序の崩壊こそが絶好のチャンスとなってしまったのだ。西側からの厳しい制裁の中で、カプタゴンはアサド政権に収入をもたらし、その額は年間57億米ドルとも推定されている。

シリアでの戦闘で破壊された住宅 bwb-studio/iStockphoto

アサド政権崩壊で大量の薬物原料が拡散

シリアの最高幹部たちによるカプタゴンの供給と流通の支配は、アサド政権の崩壊(2024年12月8日)まで続き、「世界最大の麻薬国」のレッテルを貼られるまでになっていた。この立場を手に入れた背景には、麻薬がアルコールの代替品となるくらいまで価格を下げ、多くの人が入手しやすいものとしたことがある。自国民の多くを食い物にすることで、薬物の製造・流通に参画する個人や事業を強く後押しした。

アサド政権崩壊と彼らのロシアへの亡命によって、反政府武装集団は膨大な量のカプタゴンやその他の薬物原料を手に入れることとなった。「私たちは国外密輸用のカプタゴンが満タンに詰め込まれたコンテナを大量に発見しました」と、シャーム解放機構(反政府武装組織)の戦闘員がガーディアン紙に語っている。ただし、このことが地域内の薬物生産や供給にどんな影響をもたらすかは、現時点では分かっていない。

最新の『国連世界薬物報告書』には、以下のように指摘されている。

ー 当地域での麻薬密売は、この10年で規模も高度化も急激に増している。
ー 世界の麻薬密売において、この10年の最も顕著な変化は、中央アジア、南コーカサス(アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア)、東ヨーロッパで起きている。
ー アフガニスタンで栽培されるアヘンから、カチノンをはじめとする合成麻薬の使用に向かっている。

ロシアが「デッド・ドロップ」として台頭

「国境を超えた組織犯罪に対するグローバル・イニシアチブ」によると、「ロシアを筆頭とする変化が世界に広がり始めている」という。「ダークウェブ市場や仮想通貨が匿名取引を可能にし、バイヤーは直接取り引きではなくデッド・ドロップ(顔を合わせずに物をやり取りできる街中の秘密の隠し場所)で薬物をやりとりできるようになっている」ことも、違法薬物の密売のあり方を変えている。
デッド・ドロップとしてロシアが台頭している背景には、ロシア国内の薬物に対する極めて厳しい規制、西側との緊迫関係、強い技術基盤などがある。今や薬物取引はオンラインで注文、仮想通貨で支払い、数時間以内にはデッド・ドロップで回収となるため、対面のやり取りが発生することはない。

Mariia Stepanova/iStockphoto

利便性と匿名性が担保されたシステムにより、合成麻薬ーー特に、メフェドロンのような合成カチノン系化合物ーーが、ロシア国内で多く取引されていたコカインやヘロインなどを上回る状況となっている。合成麻薬は安価で容易に製造でき、ロシア国内の広大なネットワークもすぐに流通させられる。報告書では、ロシア国内では「懲罰としての暴力行為が増加」し、「公衆衛生の危機的状況を伴う」と指摘されているが、ロシア国内の薬物使用に関する信頼性の高いデータは非常に少ないのが現状だ。

2022年2月から続くウクライナ侵攻は、ウクライナ国内の薬物をめぐる状況にも悪影響をもたらしている。戦争勃発前のウクライナでは、治療センターを設置し、治療へのアクセス改善に取り組むなど先進的な政策が進められていたが、ロシアによる侵攻以降はこの方針は大きく後退させられ、薬物問題の代替治療を必要とする多くの人が、治療に必要な薬物の安定供給を確保できない状況に追い込まれているのである。

中国は「処罰」西側諸国は「支援」、アメリカは…

もう一つの盲点となるのが中国だ。ロシアと同じく、薬物がもたらす問題の範囲や種類がほとんど分かっていない。両政府とも思想としては、薬物の娯楽的使用、ならびに「問題ある」薬物使用に反対の立場を取っているが、われわれの知るかぎり、国費による更生施設は存在せず、健康問題として支援するのではなく、犯罪として処罰する方策だ。

西側諸国も、「犯罪」として処罰するのではなく「健康を支援する方針」へ舵を切るべきだ。ポルトガルは、依存症者には罰則よりも支援が必要との認識から、数年前に方針変更を打ち出した。薬物使用者を逮捕して刑務所に送り込み、釈放されると再び薬物使用を繰り返し…と悪のスパイラルに陥らせるのではなく、根本的な発想転換により、支援や専門家によるサポートを提供していこうとしている。この方針変更により、薬物関連の死者数が減少するだけでなく、人口当たりの薬物使用がヨーロッパで最も低くなっている。
こうした方針変更が今すぐ必要なのは、他でもないアメリカだ。

Courtesy of The Conversation / INSP.ngo

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