アメリカの写真家ルー・ボップが4つの寝室を撮った作品が、第98回アカデミー賞の短編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。しかし、部屋の主は登場しない。映画『あなたが帰ってこない部屋』が訴えるものとはーー。
『あなたが帰ってこない部屋』予告編
ボップはドミニクの寝室に入ると、そっと靴を脱いだ。14歳の男子が使っていた部屋にはスポンジ・ボブのグッズがあふれ、棚には、おもちゃやポスター、フィギュアが並んでいる。壁にもスポンジ・ボブの絵が飾られていて、その下にはクラスメートが書いたメッセージが添えられている。「ドム、高く羽ばたけ(Fly High, Dom)」
ドミニクが最後にこの部屋で目を覚ましたのは2019年11月14日のこと。身支度を整えて、階下に降り、カリフォルニア州サンタクラリタにあるソーガス高校へと向かった。そして、二度と家に帰ることはなかった。
ボップはこうした、米国の学校での銃撃事件で犠牲になった子どもたちの「誰もいない部屋」を撮り続けている。8年前に飛行機に搭乗しようとしていたときに、友人でジャーナリストのスティーブ・ハートマンから撮影を打診された。ハートマンは明るい話題の記者、ボップは商業写真家として知られていたので、このプロジェクトは二人にとって大きな転換だった。

「でも実現は難しいと思っていました」とボップは語る。「取材対象にいくつかの条件が必要でした。まず第一に、学校での銃撃事件で犠牲になった子どもたちであること。第二に、子どもたちの部屋が(事件後)ほとんど手つかずの状態で残されていること。第三に、私たちを信頼し、部屋に通してくれる家族を見つけること」
最終的に8つの家族がプロジェクトへの協力を表明。短編映画『あなたが帰ってこない部屋』(2025年)では、そのうち4つの家族を取り上げている。そんな作品が本年度のアカデミー賞で短編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。「家族の方々も会場入りし、一緒に座っていました。本当に素晴らしい瞬間で胸が熱くなりました」とボップは授賞式の夜を振り返る。
遺族たちは、この上なく残酷な方法で命を奪われた子どもたちの姿を「タイムカプセル」化して追悼する機会が得られたと感謝してくれた、とボップはいう。「大変な状況ではありましたが、不思議なことに大きな希望も感じました」。撮影クルーと家族の間に育まれた思いやりと敬意について、「不自然さや不信感などが入り込む余地はなく、そこにあったのは深い信頼と慈しみの感情だけでした」と語る。
慈しみの感情は、ボップが子どもたちの部屋に入るたびに見て取れた。靴を脱ぎ、最小限の機材を使い、撮影を始める前に静かに部屋を眺める。「私なりにこのプロジェクトにいろんなルールを定めていました。その一つが照明を持ち込まないこと。フラッシュもストロボも強力なライト、そして三脚も使いませんでした。部屋のものも何一つ動かしませんでした」
きらめくイルミネーションライト、化粧品、壁に貼られたポスター、洗濯かご、サイドテーブルに置かれた水が入ったグラス……日常的な光景が、部屋の中のものをあれこれ探らずとも、今なお生活感を漂わせていた。ふらっと部屋の住人が戻ってくるのではと思わせるほど“私的”な痕跡もあった。「髪の毛が残ったままのヘアブラシ、ドアノブにかけられたヘアゴムなど。今にも本人が扉を開けて入ってきて、ヘアゴムをポンと置く姿が目に浮かぶようです」




報告書によると、米国の若者の死因トップは依然として銃暴力で、有意に多いのが有色人種の生徒たちだ。コロンバインやサンディフック*での事件を受けてもなお抜本的な対応は取られず現状をただ受け入れているだけの国で、今後大きな変化が起きるとは想像しづらい。だが、ボップは希望を捨てていない。「議員の方々が、ほんの1分でもこの空っぽの部屋に立ってもらえたなら、多くのことが語られ、人々の心を動かし、変化を生む力になると思うのです」
*コロンバイン高校銃乱射事件は1999年4月20日に発生、同校の生徒2人が生徒12人と教師1人を射殺。サンディフック小学校銃乱射事件は2012年12月14日に発生、地元に住む20歳の男が子ども20人、大人6人を射殺。
『あなたが帰ってこない部屋』は、この世を去ってしまった子どもたち――快活な性格でスポンジ・ボブ好きのドミニクなど――に「表情」と「場」を結びつける作品だ。「どこかで転換点が訪れるはず。もしこの作品がその一助となれたなら、素晴らしいのですが」とボップが締めくくった。
By Charlotte Smith
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo
『あなたが帰ってこない部屋』
https://www.netflix.com/title/82058494


