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タグ:ホームレス





(2008年9月1日発売 THE BIG ISSUE JAPAN 第102号より)





ビッグイシュー始めて、人見知りもなおった。今は人と話すのが何より楽しい





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アスファルトの照り返しが厳しい渋谷の路上で、佐々木善勝さん(35歳)の頭に巻かれた、いなせなタオルが通行人の目を引く。今年5月半ばに代々木で販売を始めたが、翌月、もっと売れそうな渋谷へと移動してきた。

平日は朝8時から夜8時半頃まで宮益坂下交差点のりそな銀行裏に、土日は朝11時から夕方9時頃まで西武百貨店向かいの住友信託銀行前に立っている。ただし日曜日と月曜日は映画館で清掃のアルバイトをしているため、夕方4時前には片づけてしまう。

「古いヤクザ映画なんかを上映している映画館でさ、たまに仕事帰りのサラリーマンも来るけど、ほとんどがお年寄り。床にこぼれたお菓子とか灰皿にたまった煙草を片づけて、ごみを分別して、モップをかけ終えたころには夜の22時半を回ってる」。ファストフード店でうとうとしながら夜を明かしたら翌朝、また販売場所へ向かう。1泊1080円する漫画喫茶には月に1度泊まれればいいほうだ。

どこか温かい感じのするアクセントが気になって生まれを尋ねてみると、31歳のときに東北から上京してきたという。

「父は大工、母は俺が小学4年のときに亡くなった。双子の妹は何年か前に嫁いでいったから、実家には父ひとりだけ」

妹にお祝いを言いたくて、故郷へ帰ろうとしたこともある。ところが、「新潟まで新幹線で行ったのはいいけど、土砂崩れで先へ進めなくなった。代行バスも出てはいたけど、怖くて引き返してしまった」

それ以来、故郷からは足が遠のいている。故郷には仕事もなかった。高校を卒業して自衛隊に4年間在籍した後、地元の建設会社に就職したが、不況のあおりを受けて失業した。31歳で上京してからは飯場を渡り歩いたが「仕事もないし、そんなに人はいらない」と、ここでもまた切られ、働く場所を失った。

そんなとき、渋谷の路上仲間から「一緒にやろう」と勧められたのがビッグイシューだった。しかし、「説明を聞いても仕組みがさっぱり理解できなくて、断ったんだよね」。そして今年の5月半ば、新宿中央公園の炊き出しで何やらチラシを配っている「きれいな女性」が目に入った。それがビッグイシューのスタッフ池田さんだった。今度は俄然やる気になった。

翌日、さっそく事務所を訪ねると肝心の池田さんは外出中だった。当ては外れたものの、販売の登録手続きを済ませ、用意した20冊を初日から売り切った。それでも佐々木さんは、「これからもずっとこの調子で続けていけるのか不安で、その晩は眠れなかった」という。

実際に続けてみると、不安は徐々に解消されていった。「ビッグイシューを始めるまではひどかった人見知りもなおったし、この人を本当に信じていいのかなと疑うこともなくなった。今は、通勤途中の朝と晩に必ず挨拶を返してくれるお客さんもいて、人と話すことが何より楽しい」そうだ。

1日の仕事を終えた後、スーパーで買ったサバのみそ煮の缶詰をアテに缶ビールを飲み干す。まさに至福のひとときだ。と同時に、「こんなとき、何でも話せる彼女がいたらなあ」と、急に寂しさが込み上げてくることもある。飯場を渡り歩いていたころは、新宿の店で知り合った年下の女性とつき合っていた。

「酒を飲んで電話すると『酔っ払って電話してんじゃねえ、この野郎』と怒鳴る男っぽい性格の子だった。そんなとき俺はビクッとなって、『ごめんなさい』って平謝りしてた。渋谷でデートもした。ある日突然、店を辞めて連絡が取れなくなってしまったけど、渋谷にはいい思い出がたくさん詰まっているんだよね」

朝、いつものように売場近くでフリーペーパーを配る若者たちに挨拶をしていたら、彼女のことが不意に頭をよぎり、目が潤んでしまったことがある。気持ちを落ち着かせようとビッグイシューの事務所に電話をかけ、スタッフに話を聞いてもらった。感情は高ぶり、気がつくと号泣していた。だから、「今はなるべく別のことを考えるようにしている」

ビッグイシューの販売者とボランティアで結成したフットサル・チーム「野武士ジャパン」の練習も、佐々木さんにとってはいい気分転換になっている。販売を始めて間もないころ、蜂窩織炎という病気で足が腫れて2週間ほど療養した。


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「そんなときフットサル・チームのことを聞いて、リハビリになればと軽い気持ちで始めたんだけど、だんだんおもしろくなってきちゃってさ。先日の練習試合でも2得点あげたよ。夢はもちろん、来年夏にミラノで開催されるホームレス・ワールドカップに出場すること」。かつてサッカー少年だった佐々木さんの瞳が、いきいきと輝き出した。 

(香月真理子)

Photos:高松英昭
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(2008年8月1日発売 THE BIG ISSUE JAPAN 第100号より)




大好きだったスロットよりも、ビッグイシューにハマってる




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若者文化の発信地としてにぎわい、ひっきりなしに人が行き交うJR中野駅。その北口のガード下に、田中光彦さん(37歳)は今年5月下旬から立っている。朝9時から夕方4時までの間に10冊前後が売れていく。本音をいえばもう少し部数を伸ばしたいところだが、血圧が高くて無理がきかない。昨年の秋頃までは渋谷で売っていた。ところが、音信の途絶えた息子の身を案じた福島の両親が捜索願を出し、半年近くを実家で過ごすことになった。「だけどやっぱり東京が恋しくなって、ビッグイシューに戻ってきちゃった。また渋谷でもよかったんだけど、あそこは発売日だけポンポン売れて、だんだん部数が落ちていく」。それよりも、「毎日コンスタントに売れる」中野を再スタートの地に選んだ。

顔なじみのお客さんも増えつつある。先日も、見覚えのある高校生5人が「取材させてください」とやって来た。聞けば、ビッグイシューのことを学校で宣伝したいという。「ひとりでもいいから、友達がほしい」と切望する田中さんは、こうやってお客さんと話す時間がとにかくうれしくてたまらない。

福島の農家に生まれ、姉と妹に挟まれて育った田中さんは幼いころから物静かで、友達をつくるのが得意ではなかった。外で遊ぶよりも、家でテレビを見て過ごすことのほうが多かった。地元の高校を卒業してしばらくは家の農業を手伝った。「米も野菜も一所懸命つくったけど、全然お金にならなかった」。そこで外に出て少しでも稼ごうと、20歳のとき、叔父の紹介で地元の温泉旅館に就職した。

「いわゆる番頭さんですよ。昼過ぎには出勤して配膳から布団敷き、食器洗いまで何でもやった。一番大変なのは風呂掃除。全部終わるころには夜中の12時、1時を回っていた。こんなに働いて時給500円はいくら何でも安すぎますよね」

働きに見合った給料をもらえる仕事を求めて、職業安定所に足を運んだ田中さんは自衛隊にスカウトされた。田中さんは小柄なため規定の身長にとどいていなかったが、担当者は背伸びしてパスさせてくれた。しかし、連日の訓練は想像を上回るハードな内容だった。

「敬礼、回れ右、ほふく前進。今でも身体が覚えてるよ。3年間は頑張ってみたんだけど、どうしても体力がもたなかった」。宮城、秋田、横須賀、市ヶ谷と各地に配属された田中さんだったが、辞めた後は故郷の福島に戻り、両親に親孝行もした。

その後、地元のパチンコ店に就職したというので、趣味も兼ねていたのかと思いきや、「玉を自分の力で動かせないパチンコより、自分で合わせた実感を得られるスロット」派なのだとか。「どっちみち従業員は自分の店ではやれないので、よその店に行ってはスロットに注ぎ込んでた。月に30万円もらって、15万円が消えていく。そんな生活でした」

ところがあるとき、台を移動中に腰を痛め、店を辞めざるをえなくなった。福島ではなかなか次の仕事が見つからず、東京に望みをつないだ。しかし現実は厳しかった。職業安定所に通い、新聞の求人欄に目を走らせ、受けた面接はことごとく落ちた。

そしてちょうど3年前、途方に暮れて新宿の小田急百貨店前を歩いていた田中さんの目に、ビッグイシューを売る男性の姿が飛び込んできた。男性から話を聞き、自分のペースで働けるスタイルに魅力を感じた田中さんは、翌日からさっそく販売を開始。平日はビッグイシューを売り、週末は「引っ越し作業の手伝いや、工場でコンビニ弁当に野菜なんかをトッピングするアルバイト」に精を出した。


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それでもアパートの家賃を捻出するまでには至らず、今もまだファストフード店でテーブルに突っ伏して仮眠する生活が続いている。「路上よりは安全だけど、足を伸ばして眠れないから疲れが取れないんだよね。ネットカフェは1泊1000円以上もするから、奮発しても2週間に1度くらいしか泊まれない」という。

仕入れ先の事務所までは雨の日以外、徒歩で行く。少しでも貯金に回したいからだ。「渋谷で売ってたころはスロットにハマって、パンクしたことがある。仕入れができなくなるほど注ぎ込んでしまった。でも今は、見に行くことはあっても絶対にやらないよ」

今度の正月、高速バスで実家に帰るお金をコツコツ貯めているそうだ。捜索願が出されたときと同じように、また実家に帰ったまま、東京へ戻ってこなくなるのではないか。そう尋ねると、「それはないね。自分にとってこれ以上の仕事はないから。ビッグイシューにすっかりハマってるんだよね」という、明るい返事が返ってきた。

(香月真理子)

Photos:高松英昭
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