違法薬物に関する世界的潮流について、ヨーク大学准教授イアン・ハミルトンが『The Conversation』に寄稿した長大レポート。最終回の今回は、英国、ラテンアメリカをめぐる現状、そして事態改善に向けた提言が語られている。
英国でも違法薬物の過剰摂取で記録的死者が発生
薬物問題が深刻化する中、国や政治家が対応できていないのは北米だけではない。英国でも、ヘロインなどの薬物摂取により記録的な数字の人が命を落としている。政府が予防策に十分な投資を行えていないため、専門家による治療への予算も減らされている。

保守党政権下にあった英国の内務省は、「娯楽目的でコカインを使用している人は、英国国内のみならず、原料を生産している国々での暴力行為を支援している」と主張した。政権に返り咲いた労働党(2024年7月〜)がどんな施策を取るのか、死亡者が多数発生している悲劇的な状況にどこまで真剣に取り組むつもりなのか、引き続き注目していく必要がある。
ラテンアメリカに違法薬物が与える深刻な社会的ダメージ
ラテンアメリカ諸国は、薬物の生産・供給にまつわる暴力、法と秩序の崩壊において、甚大な被害を受けている。最新の国連世界薬物報告書には、次のように述べられている。
- コカインの世界的供給は2022年に史上最高に達し、同年の生産量は前年度より20%増の2,700トンを上回った。
- コカイン取引の増加による影響が最も色濃く出ているのがエクアドルで、近年、国内および国際犯罪組織(特に、メキシコやバルカン諸国)とつながりがある致命的な暴力の波が起きている。
- エクアドルでは、コカインの押収や殺人発生率が2019年から2022年の間に5倍に増えた。北米やヨーロッパの主要な薬物市場に向けた取引を行っている沿海部では最も高い割合となっている。
アフガニスタンのアヘン生産と同じく、コカノキの葉(コカインの原料)を栽培するのは、コロンビア、ペルー、ボリビアの小規模農家たちだ。彼らがコカノキの葉の栽培に従事するのは、コーヒーの栽培よりも収益性が高いため。農業従事者にとってコカ栽培は、確かに短期的には収益性は高いのだろうが、彼ら自身や社会全体には大きな代償が伴う。

薬物生産を推進する者たちは、取引を牛耳るためなら違法・暴力行為を厭わない。政治家への賄賂、地域一体を支配する犯罪集団の存在など、そのダメージは社会の隅々にまで及ぶ。支配力の維持は、銃の使用や暴力事件の増加を意味し、その損害は人々の健康や社会サービスにまで及ぶ。暴力団同士の争いによって殺人事件が増え、不正行為が横行し、法の支配がゆがめられているため、国家機関ならびに地域機関も危険にさらされている。このことは、現在だけでなく将来的にも、社会のあらゆる分野に影響するだろう。
国連報告書ではまた、違法薬物の加工に巻き込まれる女性の増加や、貧困、低開発、不安定さなど、そもそも若者の間で薬物使用が蔓延する構造的原因に対処すべきとしている。
変化を起こす動き
以上、世界各地を取り巻く事情をざっと見てきた。容赦のない絶望と無力感に襲われるかもしれないが、その一方で、変化を起こすことも可能であると希望を持つことができる地域的取り組みや、国家規模の政策も立ち上がっている。
筆者は臨床家・科学者としてしばしば、人は困難に直面したときにいかに独創的になれるかということに驚かされてきた。これまでにも、幻聴や幻覚など精神病の症状を抑えるためにヘロインを使うことや、オピオイドの作用を一時的に低減させるナロキソンを開発することで救急サービスが過剰摂取者を処置できる時間を生み出すことができるようにもなった。
1980年代の英国はHIV感染が広がっていたが、当時の保守政権は同性愛者や薬物使用者への偏見を払拭する公衆衛生上のメッセージを発信し、予防や治療に投資を行った。保守政権でも、やろうと思えばできるのだ。
スコットランドでは最近、「ハームリダクション」という考え方に基づき、ヘロインなどの薬物を安全に注射できる薬物消費スペース(Drug Consumption Space: DCS)をグラスゴーに開設した*1。消毒した注射機器が利用できる場を提供することで、HIVや肝炎など血液による感染症リスクを低下できる。と同時に、従来の医療サービスを利用していない人々と接触できる場にもなる。
*1 Inside the UK’s first drugs consumption room – and how it can save lives amid soaring drug deaths

ポルトガルでは先述のとおり、薬物使用への対処方法やそれに関する諸問題を大きく見直した。この方針変更によって、薬物依存症者により人間らしく対処し、多くの人命が救われている。ニクソン大統領が立ち上げ、その後、多くの西側諸国の政府が追随した“麻薬との闘い”に注ぎ込まれた無駄な努力と資源を考えると、その差は歴然としている。
エビデンスに基づき、科学的に意味のある解決策を
私から政策立案者に訴えたいことはシンプルで、一般の医療に用いている“根拠に基づいた科学”を、薬物使用や薬物問題にも採用してほしいというものだ。機会が与えられたなら、科学や研究はさまざまな方法で役に立つ。対策には、安全な薬物消費スペースの提供など斬新なものもあれば、長い時間がかかるが不可欠な対策ーー世界的な薬物使用をもたらしている格差問題への対処などーーもある。
考え方を変えるのは恐ろしく難しい。気候変動と同じく、変化を起こす最も強力な原動力となるのは個人の経験だ。家族や身近なコミュニティが薬物過剰摂取の影響を受けると人々の考え方や認識が変わることは分かっている。だが、それは変化を起こす上で望ましい状況ではない。薬物により多くの命が失われていることには、薬物使用と支援を受ける上で障壁や恥の意識があることも大きく関わっている。薬物問題がもたらす最大の脅威は、無知と偏見である。私たちは変化を起こす主導権を政治家にばかり求めがちだが、われわれ一人ひとりもその解決の鍵を握っていると心得るべきだ。
By Ian Hamilton
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
<違法薬物をめぐる世界的潮流に関する過去記事>
- 違法薬物は製造プロセスにおいても悪影響。気候や社会の破壊に着目しよう
- 違法薬物の国際的サプライチェーンの実態
- 合成麻薬カプタゴンの最大生産国シリアとデッド・ドロップとして台頭するロシア
- 関税では解決しない米国のオピオイド危機ー年間10万人が死亡
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